などと書くとたいそうな事そうですが。
結局のところ、相続で先ずつまずいた第一歩、戸籍を取る、からです。
相続とは一体なんぞや?

誰かが死亡した時に、その時点でその被相続人が持っていた財産や土地を相続人に受け継ぐことが相続です。
それは、実際に相続に関わったことがない人でも、なんとなく知っていることだと思います。
家族の喪失感に浸っているヒマもないほど、とにかく時間に追われる、のが相続、です。
私は今回、母のことで叔父に任せてしまったので、葬儀の準備などに関しては全くタッチしておらず。
その辺りは少し楽をさせてもらいました。
それでも発生してくる厄介な、相続の問題。
私自身は一人っ子なので、母の財産は100%私のところに来る、つまりは私が相続の手続きをしなければいけないのです。
まぁ、世間知らずでずっと来ていた私は相続がこんな大変だということも知らず。
叔父に任していたのもあり、ちょちょっと2週間の帰国で終わると思っていました。
しかーし!
そんな相続は甘くない。
先ず、相続税の期限が10ヶ月。
それを過ぎるとどうなるかはわかりませんが、それまでの期間に母の全財産を把握しなければいけないのです。

財産、お金、銀行です。
銀行によって相続手続きや書類は違いますが、必ずと言っていいほど必要になる除籍戸籍と戸籍出生から死亡まで、なるもの。
そこで出てくる戸籍の重要性。
相続において、なぜ戸籍が大事なのか?
とどのつまり、戸籍を追うことで、自分(相続人)が被相続人(母)からのひとりだけの相続人だということが証明されるからです。
まず最初に、戸籍とはいったい何なのか?

戸籍は,人の出生から死亡に至るまでの親族関係を登録公証するもので,日本国民について編製され,日本国籍をも公証する唯一の制度です。戸籍事務は,市区町村において処理されますが,戸籍事務が,全国統一的に適正かつ円滑に処理されるよう国(法務局長・地方法務局長)が助言・勧告・指示等を行っています。
法務局ホームページより
つまり、戸籍は自分自身と母との関係を公的に証明している正式な書類、というわけです。
なので、相続において、私が母の相続人であることを正式に証明する、戸籍を求められるのです。
実際に必要な戸籍は大きく区分すると3つ。
- 自分と母の親子関係を証明する、自分自身の戸籍。
- 母が死亡しましたよ、という除籍戸籍。
- 母の娘は私ひとりですよ、という出生から死亡までの全戸籍。
これらの全てが必要になるのです。

区役所に乗り込んだときには、母の除籍戸籍と自分自身の戸籍のみで十分かと思っていました。
そこで手続きを手伝ってくれた受付の方が、丁寧に教えてくれました。
銀行などでは、このふたつだけでは足りないよー、と。
なぜなら、このふたつだけでは、私が母の一人娘だということは証明できないから、です。
母の歴史を追うことによって、私がひとりの相続人であることを証明する!
という、壮大なミッションを実行しなければいけないのです。

戸籍を追ってみてわかったこと
今回の相続でに学んだこと。
本籍はちょちょっと移してはいけない、ということです。
戸籍調査でつまづいたこと・1
- 母は離婚しているので父の本籍に入っていること。
- 父の本籍が新潟にあること。
- 戸籍は新潟から取り寄せなければいけないということ。
戸籍調査でつまづいたこと・2
- 母が生まれた後に、祖父が本籍を新潟から現在の実家に移したこと。
- 母がこの世に存在しているので、その時点の戸籍も必要だということ。
- 祖父の本籍が新潟で、取り寄せが必要になること
さらに、色々の市町村の統合が行われているため、当時の住所が、いま存在している市のどこに属しているのかはっきりしない。
母の戸籍を追って、母の歴史を知ることになりました。
沖縄に住んでいた時期もありますが、その時は本籍を変えてなくて良かったなぁ、としみじみ。
本籍を変えるたびに新しい戸籍が発生するので、それを全国各地から取り寄せなければいけなくなるのです。
このあたりも、マイナンバー制度が定着すればひとつのデータから、歴史が見れるようになる、なんて夢のような話を考えてしまいます。
なので、私は本籍は変えません!
母の歩んだ道を知る

今回の調査をしてみて良かったこと。
父の所在がわかったこと。
幼稚園前には、母は離婚していたので、私には父の記憶がありません。
写真もいつの間にか無くなっていたので、父の顔も覚えていません。
父に対する感情は特にはありませんが、父親なので、私を世に送り出してくれたことに感謝しています。
これから先、どうするか?
それが以前のブログで書いた人生の選択です。
人生の選択、進むべきか、留まるべきか

父が健在なのはわかりました。
私自身に他の姉妹・兄弟がいないこともわかりました。
戸籍は語る、です。すごいですね。
生きているうちに父に会いたいか?
答えはイエスでもありノーでもあります。
封印しておいたほうが良い過去もあります。
それでも、父に一度でも会うことができるのであれば、ありがとう、と伝えたいです。
無くてもいいと思っていた父の存在ですが、どこかで元気にしているのかと思うと、ひと目会ってみたいとも思ってしまいます。
パンドラの箱を開けるべきか、開けざるべきか、選択に迫られています。

開けてみたらすごいドラマが待っているかもしれない、なんて考えるのは本の読み過ぎ?
皆さんなら、どうしますか?
本日もお付き合いいただき、ありがとうございました。
コメント
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